『見つめる』第33回フォトコンテスト委員長賞 撮影:安井水道工業所 安井 孝氏
名古屋の風景
円頓寺
吉田 信彦 氏 (水道組合)
昭和30年代まで賑わった円頓寺界隈も堀川駅と市電の双方が廃止された後は衰退の一歩を辿っていたが名古屋城の城下町の雰囲気が残る四間道地区と共に「名古屋駅からの徒歩散策コース」として近年脚光を浴びている。商店街の路地に行くと円頓寺銀座街というこじんまりながらも昭和時代の古い平屋長屋の建物が並ぶ小さな飲食街がある。また、円頓寺界隈には他にも幾つかの戦前の古い長屋の建物や昭和5年に建てられた洋館風の医療法人腹明館(旧水谷医院)が残っている。
会議コーナー
定 例 理 事 会
理事会風景
組合員証授与 プラミング設備(同)さん
組合員証授与 ㈱GSPさん
1.開催日時 4月3日(水)
午後3時
1.開催場所 水 道 会 館
1.理事定数 17名
1.出席理事 16名
お知らせコーナー
事務局職員採用
事務局職員を採用しました。よろしくお願いします。
溝口 栄作
抱負
経験のない業界のため、不慣れな点も多く皆さまにはご迷惑
をおかけするかと思いますが、一日でも早く仕事を覚え戦力に
なれるよう努力してまいります。どうぞよろしくお願いいたし
ます。
山口 剛
抱負
仕事を確実に覚えて、一日でも早く戦力になれるように努力
していきます。わからないことばかりで、至らぬ点が多々ある
かと存じますが、ご指導のほど何卒よろしくお願い致します。
専門校コーナー
名古屋建築設備高等技術専門校 修了式(1)
穂刈校長 挨拶
愛知県 産業労働部労政局 産業人材育成課 課長補佐 油井 敦 様
名古屋市市民経済局産業部産業労働課 産業企画係長 鷲見敏雄 様
名古屋市上下水道局 局長 宮村喜明 様
名古屋建築設備高等技術専門校第26期生修了式
開催日 3月22日(金)
会 場 水道会館 4階
名古屋建築設備高等技術専門校の第26期生は希望に胸を膨らませ昨年4月に入校し、うち16名が1年間の課程を優秀な成績で修了し修了式を迎えました。
修了式では穂刈校長の挨拶の後、修了証書、技能照査合格証書の授与があり成績優秀者に愛知県知事賞、名古屋市長賞、名古屋市上下水道局長賞、愛知県職業能力開発協会会長賞、愛知県技能士会連合会会長賞、校長賞及び皆勤賞が贈られました。
さらにご臨席いただいた愛知県知事 大村秀章様(代理)、名古屋市長 河村たかし様(代理)、名古屋市上下水道局長 宮村喜明様からご祝辞を賜り、最後に修了生を代表して月山将成(アクアメニティ工業㈱)さんが答辞を述べられました。
専門校コーナー
名古屋建築設備高等技術専門校 修了式(2)
≪受賞風景≫
愛知県知事賞 月山 将成さん (アクアメニティ工業㈱)
名古屋市長賞 山田 佳弘さん (㈱金物住設のヤマトク)
名古屋上下水道局長賞 金本 仁さん (日新工業㈱)
愛知県職業能力開発協会長賞・皆勤賞 村瀬 弘樹さん(名古屋上下水道総合サービス㈱)
愛知県技能士連合会長賞 山内やよいさん (㈱GSP)代理 宇津野正樹さん
校長賞 大川 喜紀さん (武田機工㈱)
校長賞 熊谷 友基さん (アクアメニティ工業㈱)
皆勤賞 松本 良さん (㈱平野設備工業所)
専門校コーナー
名古屋建築設備高等技術専門校 入校式
穂刈校長 挨拶
愛知県 労働局 産業人材育成課長 藤井則彦 様
名古屋市 市民経済局産業部 産業労働課長 筒井利和 様
名古屋市上下水道局長 宮村喜明 様
第27期生 13名の訓練生が入校しました!!
開催日 4月12日(金)
会 場 水道会館 4階
名古屋建築設備高等技術専門校は、平成5年4月開校以来26期、477名の修了生を送り出し、設備業界の第一線で活躍し事業主の方からも喜ばれているところです。
近年、業界を取り巻く情況は引き続き厳しいものがありますが、訓練生本人のやる気、それに事業主の方の温かいご理解を得て、今年度も第27期生13名が希望に胸を膨らませ、4月12日(金)晴れの入校式を迎えました。
入校式では穂刈校長から1年間仕事と学業の両立で大変厳しい環境におかれていますが、よく研鑽し基礎知識・技術・技能の習得や給水装置工事主任技術者をはじめ各種の資格試験にも挑戦し、全員揃って3月に修了式を迎え、建築設備業界で大いに活躍していただくよう激励の挨拶がありました。
続いてご臨席いただいた愛知県知事 大村秀章様(代理)、名古屋市長 河村たかし様(代理)、名古屋市上下水道局長 宮村喜明様から励ましのご祝辞を賜り、ご臨席いただいたご来賓の紹介、1年間ご指導いただく講師の紹介が行われ、盛会の内に終了いたしました。
青年部会コーナー
第157弾定期夜間勉強会
開催日 平成31年3月20日
参加人数 17名
技能開発部会・青年部会共催
今回の定期夜間勉強会は、あんしん社会保険労務士事務所の岡本邦裕氏を講師にお招きし、「働き方改革関連法の知識について」という内容で開催しました。
2019年4月1日から順次施行される「働き方改革」とは、時間外労働の上限を規制することにより長時間労働を是正、年次有給休暇が付与される労働者に対しての時季指定義務、正規・非正規の不合理な待遇格差の解消を掲げる戦後最大の労働改革です。また、労働者の賃金を上げて、ものの値段を上げて経済を回すという大きな役割を期待された日本経済の底上げにもつながる改革です。
様々な職種で人手不足と言われている社会で、今までのように朝早くから夜遅くまで働くことが偉いというような風潮や、仕事内容は同じでも正規・非正規の違いで支払われる賃金には差がある等、社会全体の価値観として変えていかないと“労働者”を増やしていくことが困難になってきているということなのでしょう。
改革の内容を見て、理想と現実の狭間で頭をかかえたくなることもありますが、法律で決まった以上実行していかなくてはならないですね。
今回の内容も然り、勉強しておかなくてはならない内容をわかりやすく説明してもらえる機会が定期夜間勉強会です。是非この好機を逃すことのないようこれからも皆さまのご参加をお待ちしております。
青年部会 瑞穂支部 永田理絵
筆の泉コーナー
スポーツを通して得られるもの
名古屋市上下水道局 港営業所
主事 近藤 勇人
私の一番のストレス発散方法として、スポーツがあげられます。学生時代には、野球やボート競技などを経験してきましたが、部活動では、通常監督やコーチが指導し、またチーム内での共通の目標が存在していました。チーム全体で大会に向けてトレーニングをしたり坂道ダッシュをするなど、時には逃げ出したい時もありましたが、そのような中でも、皆で努力して結果が出た際には、何とも言えない喜びを得られたことを覚えています。
しかし、社会人になると、今までスポーツを一生懸命に頑張ってきた人が運動をやめてしまったり、スポーツジムに通い始めても、なかなか続かないという話をよく聞きます。実は、私もその一人なのです。やはり、普段毎日仕事に行き、休日に予定が入ってしまうと、どうしてもそちらを優先してしまうため、スポーツで自分を追い込んで努力することが出来なくなっていることに気づかされました。
そんな中、最近ふと社会人にとってのスポーツの目的とはなんだろうと考えてみました。すぐに思いつくこととして、健康やダイエットなどがあると思います。もちろん結果を求めて、目標を立て取り組んでいるアスリートもいるはずです。その他には、新しいグループに所属することで、新しい知り合いを作りたいと思っている人もいるのではないでしょうか。私自身、ボート競技で県外に遠征に行った際は、幅広い年代の方と、色々な話をさせてもらったり、新たな湖や池を知ったりすることができました。特に、神奈川県の宮ケ瀬湖に行った際は、紅葉がとても綺麗で、自然の壮大さに驚かされました。
最近では、仕事柄、行く先々で、川や湖の水源や歴史について知りたいと思うことが多くなりました。先日、庄内川でボートを漕いでいる学生を見かけ、一生懸命練習している姿を見て、私もただ好きという理由だけで、練習していた学生時代を思い出しました。また以前は、庄内川というと、名古屋駅の西側を流れている市内最大の河川で、比較的水深が浅く湖よりは漕ぎやすいだろうというイメージしかありませんでしたが、東海地方を代表する河川である木曽川や天竜川よりは流域面積などは小さいですが、岐阜県恵那市の夕立山を水源とし、名古屋市の港区内で伊勢湾に注ぐ河川で、緑地なども整備され、四季折々の風景を楽しめる場所も多いことを知りました。
このように、スポーツは私の人生において、様々な発見や充実感をもたらしてくれています。2019年にはラグビーワールドカップ、2020年には東京オリンピックが開催されるなど、スポーツの話題に触れる機会も多くなると思いますので、ぜひ皆さんも色々なスポーツに親しんでみてはいかがでしょうか。
談話室コーナー
2泊3日松本旅行
昭和支部・株式会社 増岡水道設備
増 岡 大 知
わが家族は毎年、正月に2泊以上での家族旅行が恒例となっています。
ルールが二つ
1、 一年に一回の泊り旅行なので豪華にいく。
2、 車でいくときは私が運転する。(妻の運転やばいので)
今年は、長野県の白骨温泉と松本市観光旅行へ行きました。私が思う長野県のイメージは雪でした。スタッドレスだけでは不安だったので去年の年末に車のチェーンを買いに行きました。今は昔と違ってワンタッチで装着できるものが主流です。近くのオートバックスへいき車を調べてもらい話をきくと「この車は当社のチェーンが装着できませんね。」と言われ、不安になったことを思い出します。
当日を迎え、昼ごろ家を出発し順調に車を走らせました。途中、サービスエリアで2回ほど休憩をし、3時間半ほどで白骨温泉へ到着。さいわいその日は雪が降らなかったのでよかったです。
白骨温泉は独特の場所にあり一つの集落みたいな感じになっています。その中のひとつの宿で湯元齋藤旅館というところに泊まりました。とんでもないほどの大きな旅館でした。
いままで泊まった温泉旅館ではまぎれもなく一番大きかった。客室へ案内され煙草を吸いに喫煙所へいったらもう迷子。
温泉へ入りに行ったら迷子。
ご飯を食べに行ったら迷子でした。
白骨温泉というだけあり温泉は真っ白で硫黄のにおいがプンプンしました。体の芯から温まり、すごく良かったです。
次の朝をむかえ、外を見ると雪が降っていました。不安になったことを思い出します。
道路も凍っていて超スローペースで何とか山を下りました。次は松本市内の観光です。松本市といえばやはり松本城!ということで松本城へ行きました。別名烏城といわれているとおり黒が印象的なお城でとても感激しました。少し離れたところにお店が並んでいて城下町風な感じ。そこで蕎麦を食べましたが、なんとざるそばを塩で食べました。生まれて初めて塩をつけて食ベましたが、そばの味がめちゃめちゃしっかりしていてびっくりしました。
夕方になり宿へいきました。星野リゾートが運営している界 松本という宿に泊まりました。
わが家族はこれまで浜松・金沢・熊本などにある星野リゾートへ泊ったことがあったので
松本も気になっていて泊まることにしました。チェックインをすませて館内を見て回りました。グランドピアノが置いてあり非日常的な雰囲気が漂っていました。部屋に案内され少しまったりしてから温泉に入りました。
ここの宿の温泉は浅間温泉といい、ほぼ無味無臭の温泉でしたが約1000年の歴史のある温泉です。
夕飯は個室で食べました。いろいろな旬の食材を使っていて最高においしかったです。子供の分もしっかり考えてメニュー作りがされていて残さず食べていました。子供たちも大喜びです。夕飯のあとは、ロビーでピアノを弾いていたのでみんなで聴きにいきました。
お腹いっぱいになり、まったりとピアノを聴いて子供たちは夢の中です。ここの宿は部屋に露天風呂がついていたので好きな時に好きなだけ風呂に入りとても充実した1日を過ごせました。さすが星野リゾートでした。
さて、二泊三日の松本観光旅行も最終日となりお土産を探すことに。宿の人に聞いたら最近近くにイオンができて、そこにまとまったお土産屋さんがたくさんあるとのことだったのでさっそく行きました。ものすごい人に揉まれながらお土産を買って帰宅の途に着きました。松本はなにがいいかときかれたら雰囲気がいいと答えます。
緑に囲まれ、空気がうまい。
ぜひまた行きたいと思いました。
みなさんもぜひ行ってみてください。
来年はどこに行こうかなー。
消防コーナー
地震に備える36
名古屋市消防局OB 近藤 博
昭和19年(1944年)東南海地震(8)
11 外国での地震報道(2)
引き続き、「中央防災会議「災害教訓の継承に関する専門調査会」報告書1944
東南海地震・1945三河地震 平成19年3月」に掲載されている、ニューヨー
クタイムズの記事を紹介していきます。
日付は、1944年12月9日になります
[ニューヨークタイムズ 1944年12月9日]
(日本語訳) Tokyo Admits War Plant Damage By Tidal Waves Caused by Quake New York Times; Dec 9, 1944. -東京は地震による津波で軍需工場が被害を受けたことを認める- アソシエイテッド・プレス(AP通信)によれば、日本政府は昨日、木曜日に太平洋側の日本沿岸で起きた地震により、津波が発生し、工場や作業場が被害を被ったと、慎重な言葉を選び報道した。 日本政府は、大阪、名古屋、浜松、静岡、長野そして清水を含む巨大な軍需生産の中心がその壊滅エリアにあることを明らかにしたが、損害は最小限だったとした。「地震は深刻だったが、被害はさほどではない」と、混乱 について述べることなく、およそ24時間後に発表した。 東京のラジオ局は、今回の地震の区域にある都市には情の豊かな人が多く、地震の経験はひとつの楽しみとなったとし、「中部日本に住む人々は、母なる地球の揺りかごに乗った楽しみを味わった」と報じた。 アメリカ、イギリス、インドの地震学者たちは、彼らの地震記録から、その地震は「かつて記録された最大級のひとつだ」と述べた。 彼らは、津波、火災、そして直接地面が動くことによる破壊は圧倒的で、疑いなく日本の1923年の関東大震災(揺れ、津波そして火災で99,331人が死亡、負傷者103,733人、行方不明43,476人)を超えるものに違いないと確 信した。 まず、アメリカと日本以外のからの情報が寄せられ、その後、震源地を東京のおよそ100マイル(約160km)南東の遠州灘と定めた。昨夜、同盟通信はこれらの内容を確認した、とユナイティッド・プレス(UP通信―筆者)は報じた。 戦争情報局(アメリカ)によると、日本の広報担当者は、その地震は東京と横浜地方での地すべりでいくつかの家屋やビルが崩壊したが、ほとんどのほかの場所では「ただ窓が割れたのみ」にとどまったと話したという。 後に、同じ担当者は、日本の2大都市である東京から大阪にかけての250マイル(約400km)にわたる海岸沿いが、深刻な被害を被ったことを明らかにした。東京の少なくとも400~500マイル(約640~800km)南にわたる範 囲で、深刻な影響があった。 同盟通信は、「人々は敵の空襲に備えて、あらゆる準備をしていたので、覚悟ができており、家や工場から離れることなく、冷静で落ち着いていた。」と差しさわりのない内容を伝えている。 しかし、全く異なった意見が、地震の権威である、ニューヨークにあるフォードハム大学の主任地震学者 ジョセフ・リンチ氏により出されている。 彼は、木曜日の地震は、日本の東から西にかけての太平洋沿岸から100マイル内陸にまで影響を与えたはずだと述べた。 彼は、1923年の関東大震災の方がむしろ揺れ幅は少なく、その時は地面をところによっては6.5フィート(約198cm)も突き上げるものだったと指摘した。しかし木曜日の地震はさらに大きく、結果として、より多くの建物 がつぶれたり、崩壊したに違いないとしている。 水の壁の脅威 リンチ氏は、津波が日本の海岸を襲ったとすれば、60~70フィート(18.3~21.3m)の高さの恐ろしい水の壁となったに違いないと予想した。津波は、海岸からの震源の距離に比例して大きさが増すのである。 木曜日の地震は、21年前の関東大震災より、日本から5倍も遠いところで起っている。すると、東京湾、相模湾、伊勢湾および駿河湾に押し寄せた津波の猛威は、船舶をはるか内陸まで運び、その通り道にあるすべての物を砕いたに違いないと彼は話した。 また、軍用艦もそれに含まれていただろうと、リンチ氏は考えている。日本の重要な工業都市がある湾内に押し寄せた津波は、信じ難いほど破壊的であっただろうと述べている。 「それは、川を押し戻し、陸に押しやり、港をずたずたに破壊する」と彼は言い、こう続けた。「我々の記録では、津波が一度きりということはない。今回の地震は4時間以上もここで記録され続けたから、津波が連続して押し寄せたに違いない」。 リンチ氏は、木曜日に記録された地震の型は、日本人に最も恐れられているものであるとも言った。彼らは、それを「津波」と呼び、高波の原因となる、日本特有のものである。 (以下略) |
法律コーナー
契約における付随義務
弁護士 松 永 辰 男
生産委託契約において、委託者には、受託者が工場の再稼働に伴う初期投資費用を回収し採算を維持することができるように配慮すべき契約上の付随義務があるとされた事例がありました。事案は、平成20年6月頃のことであるが、XはYの事業方針に基づき、一旦閉鎖していたXの工場をYの国内専用工場としてほしい旨のYからの強い要請を受け、契約締結交渉が開始され、そこでXにおいて事業採算性を試算の上、年間6万枚、売上高1億5000万円程度が採算ラインであることを前提として、Yとの間で工場の再稼働についての一応の合意ができました。そこでXは工場に新たな設備投資をするとともに、工場閉鎖に際して解雇した熟練の工員を再雇用するなどして、初期費用を投じて工場の再稼働に漕ぎ着け、上記の採算ラインを想定する生産体制が構築されることになりました。翌21年1月になってXはYに対し、生産期間を短縮、もしくは生産金額を縮小した場合には、Xに生じた被害金額につきYが保証する旨の条項を含む覚書案をYに交付しました。そして同年8月1日に工場がYの専用委託工場として再稼働しても、覚書案には修正を加えられませんでした。しかし、同月3日、保証条項を削除する代わりに、信義誠実に従い、合理的な理由なく委託規模が著しく縮小することのないよう努力する旨の条項を追加した修正案がYからXに送付されました。これを受けて契約書案の内容について折衝がなされ、契約期間を2年間から3年間にするとともに、年間6万枚、売上高1億5000万円との生産委託規模が目安として明示され、継続契約に配慮する旨の条項を追加した生産委託契約が作成され、調印されました。その後の工場の売上高は、1年目が5825万2600円、2年目が6587万1400円、3年目が3694万3880円と、目安とされた1億5000万円の3分の1前後にとどまりました。この事案に対する判決では、Yは、Xに対し5932万9000円を損害賠償金として支払うよう命じました(東京高裁平成29年11月30日判決・判例時報2397号14頁)。その理由として、XとしてはYの要求に基づいて閉鎖していた工場を再開し、これに要した初期投資費用は13421万9000円であり、3年間を想定していたのであるから、3期合計の累積営業損失額をみると4591万となり、合計5932万9000円の損失となる旨認定し、Xとしては、Yの強い要請に従って閉鎖していた工場を再稼働させたのだから、この契約における付随義務として損害賠償を認めました。当然の結論かと思いますが、原審の東京地方裁判所では、Y側も発注量を維持するためのそれなりの努力をしたとして損害までは認めませんでした。
木祖村コーナー
やぶはら高原渓流釣り大会の参加者募集中!
編集後記
編集後記
4月15日に、今年度の水道メータ検定満期取替業務に従事していただく工事店さんを対象に事前説明会が開催されました。今年度は、昨年から始まった市内の一般メータの取替件数が増加することから、新たに従事される12社の工事店さんを含め、78社の工事店さんに参加していただきました。水道メータは、水道料金算定の基礎となるものですので、その取替には慎重な作業が求められることから、注意事項等の説明を皆さん熱心に聞いておられました。また、今年度から新たに従事される工事店さんには、事前に大型メータ取替・バルブ操作研修にも参加いただき、実際の作業も体験していただきました。
この水道メータ検定満期取替業務は、上下水道局から委託を受けて行っているもので、平成20年に普通式各戸メータの取替を受託したのに始まり、その後、市外の一般メータ、50mm・75mmの大型メータ、市内の一般メータへと拡大してきておりますが、これもこの間に従事された工事店さんの取り組みが評価されたものではないかと思っています。
昨年改正された水道法では、「官民連携の推進」が盛り込まれています。水道事業の運営権を民間に移す「コンセッション方式」ばかりがクローズアップされていますが、地域に根差した名水協として、水道メータ満期取替業務を円滑に進めていくことで上下水道局との信頼関係を構築していくとともにお客さまサービスの向上に繋げていくことも「官民連携の推進」のひとつになるのではないでしょうか。引き続き、水道メータ満期取替業務を通して上下水道局との連携強化を図っていくことが、名水協加盟の工事店としての信用に繋がっていくと思いますので、よろしくお願いいたします。
なお、5月10日には、新たな試みとして、最近増えてきている大口径のメータバイパスユニットの操作研修を予定しています。製造メーカーと上下水道局に協力をいただき、実際にメータ取替の作業を行いますので、今年度従事される多くの方に参加いただければと思っています。
(P.S.)
4月号からホームページと共に組合だよりもリニューアルしました。これからも、皆さまに親しんでいただける紙面づくりに努めていきますので、よろしくお願いいたします。
(T.T)