『Ageha』第33回フォトコンテスト最優秀賞 撮影:名古屋市上下水道局長島 誉之氏

『Ageha』第33回フォトコンテスト最優秀賞 撮影:名古屋市上下水道局長島 誉之氏

名古屋の風景

愛知県庁大津橋分室

吉田 信彦 氏 (水道組合)
吉田 信彦 氏 (水道組合)

 昭和8年に愛知信用組合連合会の建物として竣工。戦後は農林会館として使用されたのち、昭和32年に愛知県に寄贈されたものである。その後は、愛知県史編纂室として使用していたが、平成27年7月10日、建物の1階に愛知県と名古屋市が共同で設立した愛知・名古屋戦争に関する資料館が開館。8月7日には

2階と3階にあいちトリエンナーレや現代アートに関する情報を発信するアートラボあいち大津橋がオープンした。建物は、鉄筋コンクリート造の地下1階、地上3階建てでゴシック風の付柱が3本伸びる塔状の階段室と表現主義的なバルコニーの装飾や丸窓が特徴となっている。

会議コーナー

定 例 理 事 会

理事会風景
理事会風景

1.開催日時   8月7日(水)

           午後3時

 

1.開催場所   水 道 会 館

 

1.理事定数   17名

 

1.出席理事   17名

青年部会コーナー

第161弾定期夜間勉強会

開催日 令和元年7月17日

参加人数 30名

技能開発部会・青年部会共催

 

 今回の定期夜間勉強会は、㈱システムズナカシマ、㈱建設システムを講師にお招きして、「現場で活用できるスマホアプリ」について勉強会を行いました。

スマホは「Smart phone」スマートフォンの略称であることから始まり、スマホ誕生の過去を振り返りながら、いわゆるガラケーと言われる携帯電話との機能の違いについて説明を行いました。そして、Andoroid系、IOS系についてどちらをお使いですか?など質問をしつつ、無料で使えるアプリについて紹介に移りました。

紹介した無料アプリは「iCata」「DropBox」「magicplan」の3本で、これらのソフトを使えば、カタログのペーパーレス化が進み、社内データのオンラインストレージ化、そして、店舗の間取り図をカメラ撮影から作成できてしまいます。当然ですが、どのソフトも使い方に慣れる必要があり、機能を最大限使用するには別途費用が掛かったりしますが、どれもスマホの能力をフル活用し、現場の未来を感じさせるアプリでした。

そして最後に、小黒板情報電子化について説明して頂きました。これは、小黒板を電子化させて、省人化と写真整理作業を同時に行い、現場へ働き方改革を起こすとして期待されているソフトウエアです。実際に、数年前から国土交通省では運用開始されており、最近では名古屋市などの都市部でも一部認められ運用がされているそうです。ただし、データ改竄への懸念があるため、JACICという機関の許可を受けたソフトウエアを使用する必要があることも合わせて説明をされました。 

現場の写真がフィルムカメラからデジタルカメラへ移行したように、写真整理や管理、スマホで出来る事もどんどん進化しています。スマホを現場で使えるようにする運用リスク、ソフトウエア費用に注目してしまいますが、人を増やすなどのハード面以外でも、こうした便利なアプリやソフトウエアを使いこなし、業務を効率化させることは会社を成長させる方法の一つでもあり、かつ、若手人材にも注目してもらえる良い機会になるのではないかとも思いました。

今後も青年部会ではこのような勉強会を開いていけたらなと考えておりますので、皆様のご参加お待ちしております。

 

青年部会 北支部

小暮 貴士

特別寄稿コーナー

クマとハチ

名古屋市上下水道局 中営業所

 所長 佐藤 正和

 

 日頃より名水協の皆さまにおかれましては、上下水道局の事業全般にわたりまして、ご協力をいただき、心より御礼申し上げます。6月初め、名水協の東ブロックの皆さま方には、東部管路ブロックの連絡会議にお越しいただきました。短い時間ではありましたが、災害発生時の協力などについて幅広く活発な意見交換ができ、大変有意義な場となりました。たいへん感謝しております。

 さて、私の職場である中営業所は、上前津の地下鉄出口を出まして徒歩で5分ほどのところにあります。真夏の暑い盛りの出勤時、階段をあがって地上へと出たとたん、真っ先に耳へと入ってくるのはといえば、大音量で鳴り響くセミの鳴き声です。気象台によると、今年の名古屋のアブラゼミの初鳴きは7月12日だったとのことです。頭の芯まで確とくい込む質の悪い耳鳴りのような、あまりに大きな鳴き声なので、街路樹の枝を覗き込んでみました。正体はクマゼミです。少し前まではなかなか珍しかったクマゼミも最近では珍しくなくなりました。クマゼミは主に午前中よく鳴くそうで、やがて昼間にかけてはアブラゼミが鳴くようになることです。クマゼミの鳴き声は特に大きく、うるさいから何とかならないのかという苦情が入る都市もあるほどだと聞いたことがあります。しかし、セミの鳴き声は、通り過ぎてしまえば音からも遠ざかりますし、鬱陶しさも和らぎます。人に何か悪さをするわけでもありません。ところが、同じ虫でもハチとなると、話が違います。上下水道局におきましても、ハチに刺される事故がこのところ毎年発生しています。攻撃して刺してくる恐ろしいハチもいますので、注意が必要です。

 上下水道局では、6月ごろからハチ・毒虫に関する注意を呼びかけています。よく発生するのはアシナガバチに刺されるという被害です。ハチといってもスズメバチとなりますと、巣を守ろうとする防衛本能が強いらしく、巣に近づくだけで攻撃してくるうえに、刺されれば重症となりますが、アシナガバチでも、巣に触れたりして刺激を与えると攻撃してくることがあるので、六角形の巣穴を見たら気を付ける必要があります。漏水等の調査で民家の裏庭など鬱蒼と草木が茂ったところに入るようなときは、知らず知らずのうちに巣に近づいていることもあります。周囲に巣があるか否かをしっかり確認をすることも大切です。しかし、いくら注意をしても、刺されてしまうことがあります。そんな場合、まずは刺された場所から遠ざかり、傷口を流水でよく洗い流し、患部に抗ヒスタミン軟膏を塗ります。症状がひどい場合は、速やかに医療機関で医師の診察を受けましょう。

 一般にハチは、植物の花粉を媒介するなど自然界のバランスを保つうえで有益な昆虫とされています。しかし、刺されるのだけは御免です。ハチの種類や習性、対策を十分知って被害を防ぐしかありません。9月はスズメバチがいちばん危険なシーズンとのこと。名水協の皆さまも、どうかハチ等による作業中の事故にはくれぐれも注意していただきますようよろしくお願いいたします。

(参考)「―ハチに刺されないために― スズメバチ」(名古屋市)

筆の泉コーナー

バスケットボールなんて、大好き。

     名古屋市上下水道局 計画部水道計画課

技師 青木 淳

 

「SLAM DANK(以下、スラムダンクと言う。)」というマンガを皆さんはご存知だろうか。高校バスケットボールを題材にしたマンガだが、これは私の中でキングオブスポーツマンガであり、青春時代のバイブルである。

「あきらめたらそこで試合終了ですよ・・・?」という安西先生の言葉を胸に、私もバスケットボールを追いかけた一人。15年以上も前の話だが。

 中学時代、私は、バスケ部の一応キャプテンだった。チームメイトをまとめようと、声を出し盛り上げ、周りよりもダッシュやジャンプを行い、気合いを見せていた。そんなある日、左足がオズグッド病になった。詳細な説明は難しいので省かせていただくが、膝のすぐ下にコブのようなものができ、そこに物が当たるとなかなかの痛みがはしるというものだ。しかし、当時の私は痛みに対して我慢強めで、なかなかの痛みを親にも話さずに耐えながら運動していた。現在は痛みは無く、コブだけが存在している。

私にとってバスケットボールは、体に痛みを伴い、時には精神的にも苦しいものだったが、ガムシャラになれるものだった。とても懐かしい思い出だ。あの頃のようにまた、バスケがしたいです先生。

話は戻って、スラムダンクは純粋なスポーツマンガだ。「キャプテン翼」のようにゴールポストの上によじ登ってシュートを阻止する反則行為をするだとか、「テニスの王子様」のように選手が球に弾き飛ばされ、場外に吹っ飛んでいくなどのネタ的要素はない。不良兼バスケ素人の主人公である桜木花道が、試合や練習を重ね、成長し、最終的にはチームに必要不可欠な存在のバスケットマンとなっていく、そんなストーリーだ。そして、そのストーリーの中からは努力、継続、信頼、友情、根性、失敗、挫折、様々なことが学べる。(それが今、仕事で活かせているかどうかは・・・。)

次に読もうとしているマンガで悩んでいる方には、スラムダンクを是非オススメさせていただきたい。バスケットボールについて、何も知らなくても大丈夫。主人公も素人なので、主人公がルールを覚えていくと同時に、読者にもルールが頭に馴染んでくるはずだ。(作中と現行のルールは少々異なる部分があるのでそこはご了承下さい。)そして、読み終わった後には、とてつもない感動を与えてくれるはず。そして、バスケットボールが大好きになるはずだ。

 

談話室コーナー

働き方改革

港支部・株式会社 大山設備     吉 垣 匠 馬

 

 私は、建設業界で働いているのですが、最近よく「働き方改革」という言葉をよく耳にします。この言葉は建設業界だけではなく様々な業界でも聞いたことがあると思います。この「働き方改革」という言葉は、「残業を減らそう」「休日を増やそう」という活動のことを「働き方改革」と言います。簡単に言いますとこの言葉は残業を減らせば、休日を増やせば日本の働く人たちは時間にゆとりができ幸せになるという意味だと私は思います。ですが残業が減り、休日が増えても日本の働く人たちは幸せにならないと私は思います。なぜなら残業の時間や休日の時間にやっていた仕事を後回しにしてしまう事になり、その残ってしまった仕事を誰かが代わりにやるかもしくは後回しにしていた仕事をまとめてやらなければならなくなるからです。そしてこの改革は、建設業界では事故が増えたから、他の業界でも仕事が嫌になってやめていく人が増えたから、時間にゆとりが欲しい人などが日本国内に多いからこのような改革が起きたのだと私は思います。今、世の中で人が仕事をする理由は色々あると思いますが、例えばお金を稼ぎたいから仕事をする。家族を養うために仕事をする。色々あると思います。ただどんな理由でも自分でこの仕事をしようと決めたのは自分自身です。簡単に言いますと仕事をしたくなければ辞めればいい、休みたいなら休めばいいと私は思います。それを決めるのも自分自身です。

 つまり、世間が「働き方改革」と勝手に休みを増やしたりなどは出来ませんし、自分で働き方を決めることが、あなたが自分で自分に合った働き方をすることが本当の「働き方改革」だと私は思います。そして一人一人が働きやすい環境を手助けしてあげることは、会社自体の役目だと思います。

 私の働く株式会社 大山設備では、仲間達とのコミュニケーションを取るために飲み会やバーベキューといった行事を最低でも月に一回程度は行っています。

 このような行事を行う事によって社員同士の絆を深めるだけでなく、社員達の意見や不満、悩みといった事を聞くいい機会を作ることが出来ます。また休日や残業についても忙しくなければもちろん無理な時もありますが

社員の意見を優先して休日を作ったり残業も現場で調整しています。これらのことから社員たちは全員仲がよく、仕事も一生懸命取り組める良い環境を作れていると思います。また事務所にトレーニングルームを設け、みんなが体力作りや趣味で運動をすることが出来ます。トレーニングルームは、社長の趣味から始まったものですがこれも社員達が健康であるために少しはなっていると思いますしストレスの発散にもなると思います。我社の社長も趣味といいながらトレーニングルームのサンドバックでストレス発散をしています。仕事で失敗をして叩かれ怒鳴られる事もありますが、このような環境を会社で作っていただいてるおかげで私をはじめ社員全員が楽しく、働きやすい環境で仕事をすることが出来ています。このようなことでも様々な会社が会社自体で「働き方改革」の手助けを出来るのではないでしょうか?

消防コーナー

地震に備える40

名古屋市消防局OB 近藤 博

 

昭和19年(1944年)東南海地震(12)

 

 引き続き、「中央防災会議「災害教訓の継承に関する専門調査会」報告書1944

東南海地震・1945三河地震 平成19年3月」の報告書をもとに、体験手記も参

照しつつ、被害の実態をみていきたいと思います。

 

  • 愛知県の被害(その4)

6 中島(なかじま)飛行機製作所・山方(やまがた)工場(半田市)

  半田市には中島飛行機の軍需工場が3か所ありました。武豊線乙川(おっかわ)駅南の本工場・山方工場及び乙川駅北の葭野(よしの)工場です。

 山方工場では、建物の倒壊により153名の犠牲者を出していますが、その

内96名が動員学徒でした。

再掲になりますが内訳は、半田高等女学校29人、豊橋高等女学校23人、京

都第三中学校13人、福井商業学校7人、半田商業学校4人、半田中学校3人、

愛知高等実習女学校3人、その他に半田第一国民学校の6人をはじめ国民学校

の児童14人が犠牲になっています。

 中島飛行機葭野工場も全壊していますので、大きな被害を出したはずです

が被害の詳細はよく分っていません。

 

  当時は、軍需工場の生産力を維持するため、愛知県以外の山梨・京都・香

川・鹿児島など、広い地域から学徒が動員されていました。1944(昭和19)

年7月サイパン島で日本軍が全滅した談話を聞いた学徒たちは、「サイパン

島の声なき声に応えて」「何も考えずに一意専心航空機増産」に努力してい

たといいます。

こうした動員学徒に多くの犠牲者が出たことになります。

 

7 京都第三中学校の動員学徒

  京都第三中学校(現京都府立山城高等学校)3年生であった金山政喜は、

1944年7月5日京都を出発して、中島飛行機山方工場で働いている時、地震

に襲われました。

その時の様子を、当時の日記に基づいて次のように書いています。

「いつもの如く出勤し、昼食も終り仕事にかかった時、自分は昨日書いた

手紙を出すべく六号棟を出て、工場内の郵便局へ向かった。

半町も行かないうちに揺れてきた。午後一時三六分頃である。自分の前に

いた牛は、よろよろとして歩けなかった。自分も立っていることができず、

電柱のない所で寝た。そしていま出てきた工場を見ていた。地面は割れて生

き物の如く動いている。精神が朦朧として、何を考えているのか自分にもわ

からなかった。

六号棟の壁は落ち、窓ガラスは割れた。皆は中から飛びだしてきた。(略)

その時小沢先生の悲壮な叫び声が聞こえた。我々の友達が煉瓦の下敷きにな

っている。(略)煉瓦建の建物は見事に倒壊していた。大きな煉瓦の塊で、

取り除くにも大変であった。自分達も行ったが、なんとも致し方なくただ茫

然と眺めていた。血に染まった人達が担架に、また木板に乗せられて運ばれ

ていった。手足の骨が折れてだらりとしている者、何か言おうと口だけを動

かしている者、悲惨な光景であった。

救出も夕方までで中止された。暗くて何もできないからだ。煉瓦の下でま

だ生きている人がいるのか思うと何ともいえない気持ちになった。」

(出典 「金山政喜学徒動員日記」)

  工場内にいた学徒たちは、地震だと判断した瞬間に、狭い工場の出口に殺

到したといいいます。

 しかし、出入口は1ヶ所しかなく、しかも防諜のため中が見通せないよう

に衝立が設置してあり、多くの人が逃げ場を失ったものと思われます。

 戦時中とはいえ、あまりにも悲惨な事例です。

 

8 甲府高等女学校の動員学徒

  中島飛行機葭野工場に動員されていた、甲府高等女学校(現山梨県立甲府

西高校)の岩崎瀧子は、地震発生時、出口に向けて床を必死にはいながら、

最後に葭野工場の外に出た瞬間、砂煙が上がり、轟音を響かせて工場が崩れ

たと、回想記に記しています。

彼女の回想には、さらに次のような描写があります。

  「前の池は一メートルぐらい盛り上がり、水が大きな波となって迫ってき

た。向かいの工場入口の高い煙突が左右に大きく揺れてぐずぐずと崩れ落ち

た。外に飛び出してきた女子挺身隊の人たちがその下じきとなって、血まみ

れになっている。苦しまぎれに鉄板の上や地面をごろごろ転げ回っている。

助けたい、阿鼻叫喚、断末魔の様相だった。」

 

 調査会報告書は、手記を紹介した後に次のように述べています。

「そのほかの回想記にも、地震で地面が揺れ動き、そこから必死に逃げ出

そうとしている状態を、「ふうわふうわ飛んでいるような感じ」と表現して

いる人もいる。

倒れてきた煉瓦の壁に押しつぶされて、ジャッキで煉瓦の壁を押し上げら

れて辛うじて助け出された女子生徒の感じた肉体的苦痛、地震直後頭が真っ

白となり記憶が途切れている感覚、必死に工場外に逃げ出した時に眼前に吹

き出していた青い泥の鮮烈な印象、崩壊した工場の下敷きとなり長い時間救

助を待っている女子学生の心細さ、足下の地面が四方八方に割れて自分が地

の底にのめり込みはしないかという恐怖感、辛うじて逃げ出した雑草地の上

で題目を唱えている記憶、建物が崩壊した直後に実感した静寂さとその後襲

ってきた肉体的苦痛、工場内を響き渡るうめき声と助けを求め続ける叫び声。

こうした地震の瞬間は映像化された鮮烈な記憶として、体験記の多くに綴

られている。」

(この項 出典「烏丸商業学徒の地震・空襲体験記」『半田の戦争記録』『続

半田の戦争記録』及び学徒勤労動員記録編集会編『紅の血は燃ゆる』読売

新聞社,1971年)

 

法律コーナー

消費者契約法4条2項に違反する契約

       弁護士   松 永 辰 男


 消費者契約法4条2項には、事業者が消費者と契約する場合、重要事項又はこれに関連する事項について利益となる旨を告げ、又はその重要事項については不利益となる旨を故意に告げなかった場合において、消費者が不利益となる事実が存在しないものと誤信して契約をするための申し込み又は承諾したときは、消費者は売買契約の申込み又は承諾を取り消すことができると定められており、ただし、事業者が消費者に対し不利益となる事実を告げようとしたにもかかわらず消費者がこれを拒否した場合は取り消しはできないとも定めてもいます。事案の概要は、住宅販売会社(X)から住宅(本件住宅)を購入した人(Y)が、Xは本件住宅が名古屋市風致地区内建築等規制条例で定める緑化率30パーセントを充たしていないことを知りながら、そのことをYに告げないまま売買契約を締結したものであり、買主であるYは、本件住宅が条例で定める30パーセントの緑化率を充たしていないことを知らないで本件売買契約締結の申し込み又は承諾をしたものであり、消費者契約法4条2項により売買契約は取り消されるべきものであるとして名古屋地方裁判所に訴えました。これに対し名古屋地方裁判所は、事業者は緑化率が不足していたことは知っていたが、条例による規制を重視していなかったため、売買契約を勧誘するまでの間において緑化率違反の事実を忘れてしまい、過失により本件住宅をYに売ってしまったという 事実を認めて消費者契約法4条2項違反を認めませんでした。そこでYは名古屋高等裁判所へ控訴しました。名古屋高等裁判所は、Xは本件住宅が名古屋市風致地区内建築等規制条例で定める緑化率30パーセントを充たしていないことを知りながら、そのことをYに告げないまま売買契約を締結したものであり、買主であるYは、本件住宅が緑化率が条例で定める30パーセントを充たしていないという条例違反を知らないで本件売買契約締結の申し込と承諾をしたものであり、この場合は消費者契約法4条2項により、その申し込と承諾取り消すことができると判決しました(名古屋高等裁判所平成30年5月30日判決・判例時報2409号54頁)。本件事案においては9000万円余で住宅を購入したところ、住宅の建設時点においては、本件建物を取り巻くように芝を張り、上記の条例で定める30パーセントの緑地を確保できるようにしていたが、見晴らしがよくなるように(これが本件建物売却のセールスポイントだったようであるが)デッキテラスを設置し、それがために、その部分の芝が撤去されてしまいました。そのために30パーセントの緑化率が充たされなくなってしまったということです。

 

木祖村コーナー

第33回全国日曜画家中部日本展開催について

編集後記

編集後記

 今年はこの地方に甚大な被害をもたらした伊勢湾台風(昭和34年9月26日上陸)から60年になることから、県内各地で関連事業が予定されています。

名古屋市では、伊勢湾台風60年事業として7月から11月にかけて市内各所で、講演会や記録写真などを展示した企画展が開催されます。

上下水道局でも、8月25日に港区役所講堂で「過去の災害を風化させないために」をテーマに伊勢湾台風60年事業講演会が開催されました。 気象予報士吉田ジョージ氏による「迫りくる大雨災害とその対策」、名古屋市立大学大学院准教授三浦哲司氏による「地域連携の取組み」、上下水道局太田主幹による「名古屋市総合排水計画の概要」の講演のあと、近年の豪雨の原因や具体的な浸水対策などについてのパネルディスカッションが行われました。

伊勢湾台風による被害が特に大きかった港区での開催ということもあり住民の皆さんの関心も高く、日曜日の午前中にもかかわらず会場は満席となるほどの盛況でした。名水協からも理事長はじめ多くの理事が参加され、熱心に講演を聞いてました。

今回の講演会は、伊勢湾台風を教訓とした防災への取り組みが中心でしたが、60年という節目の年に今一度当時の被害状況を振り返り、伊勢湾台風を知らない世代にも語り継いでいくことで、災害への備えの重要性を認識してもらえる機会になったと感じました。また、現在の防災計画は過去の災害を教訓としたものであり、近年頻発しているスーパー台風やゲリラ豪雨など想定を超えるような自然災害には行政の力だけでは万全でないことから、一人ひとりが日ごろから地域での連携や家庭を通して災害への備えを行っていくことの重要性も再認識することができました。

なお、上下水道局では、8月10日から9月29日までの間、水の歴史資料館において、伊勢湾台風60年企画展「自然災害に備える~伊勢湾台風の記憶から~」も開催されています。企画展では、上下水道関連施設の被害状況の写真や復旧活動状況等を記録した資料の展示に加え、「伊勢湾台風の記録」の上映などが行われていますので、一度足を運んでみてはいかがでしょうか。

(T.T)