『もちつきと家族』第34回フォトコンテスト入賞 撮影:臼井設備 戸谷虎太郎 氏

『もちつきと家族』第34回フォトコンテスト入賞 撮影:臼井設備 戸谷虎太郎 氏

名古屋の風景

西前田公園

吉田 信彦 氏 (水道組合)
吉田 信彦 氏 (水道組合)

 野球やサッカーができる大きなグランドがあり、芝生には遊具もありますし、大きな木もありますので木陰もあります。野球やサッカー、ゲートボールなど幼児からご年配の方の憩いの場となっています。近くの幼稚園の行事として運動会なども行われています。また仮設給水栓や耐震性貯水槽が設置されています。

 

所在地  名古屋市中川区前田西町三丁目

アクセス 近畿日本鉄道名古屋線伏屋駅 徒歩8分

会議コーナー

定 例 理 事 会

1.開催日時  1月7日(木)  午前10時 ~

 

               1.開催場所  熱田神宮会館

 

         1.理事定数  17名

 

         1.出 席 者  理事17名 

               監事 2名 顧問 1名

特別寄稿コーナー

もしものときに頼りになるのは

名古屋市上下水道局 営業部 料金課長 飯沼 直幸

 

 名古屋市指定水道工事店協同組合の皆さまには、日ごろから上下水道事業にご協力をいただき、誠にありがとうございます。

 昨年来のコロナ禍は収束の兆しを見せず、まだまだ緊張の日が続きます。振り返ると昨年の2月の段階では、マスクを着けての接客が問題とされる向きもあったのが、マスク着用が当然の日常に変わり、さらに、4月中旬の緊急事態宣言以降は、まったく社会が一変して仕事のすすめ方に再考を迫られました。人の流れが止まるなか、あの緊急事態下においても物流や流通は休むことなく、公共交通機関も、ガラガラの電車やバスが、毎日本数を減らすことなく定時で運行していたことを思い返すと、感謝とともに社会生活を支える仕事の重さを思います。

 さて、令和3年の1月は、年末来の厳しい冷え込みで、2018年の記録的な大寒波による凍結被害を思い出しました。あのときは、年明けから水の出が細くなったり、トイレの水が出なかったり例年にない経験が続き、当時、局の営業所においても毎週末には凍結対応のため休日出勤の体制の準備をしていました。そんな平成30年1月27日の土曜日の朝、家の裏から異音がするのでのぞいてみると、以前、漏水のため外配管で修理したところから水が噴き出しているのを見つけました。慌ててホームセンターで自己融着テープを買ってきて、まずは応急に止水を終えたところで、営業所への集合の呼び出しがありました。あの日、名古屋市内でも大へんな状況だったのはご存じのとおりです。

 一日たって、地元の工事店に修繕の電話をしても、どこも予約待ちで1か月は無理とのこと。非常時で皆が困っているのだから仕方がないと了解しながらも、どうしたものかと途方に暮れていると、別の箇所から水が噴き出し、応急処置をしてもまた別の箇所からと収拾がつかなくなり、元栓を閉めてポリタンクを併用しながらの厳寒の耐乏生活を覚悟しました。

 ただ、家族が20年前の下水道への切り替え時に担当していただいた親切な工事店の方を思い出し、すぐに当時の書類が奇跡的に見つかったため、駄目で元々と電話したところ、住所から先方も当時のことを覚えておられて、月曜日には仕事の合間にのぞいていただき、ひとまず応急の処置をしていただけました(4月に本修理で復旧)。今後長期にわたる耐乏生活を覚悟していただけに、自由に水を使え、お風呂にも入れる安心と喜びに家族全員で心から感謝した次第です。

 毎日出るのが当たり前と思っている水道が、突然の漏水や水回りの不都合で使えなくなる時の不自由さと不安は筆舌に尽くせません。頼りになる「かかりつけの水道工事店」がいらっしゃることがどれだけ安心か。日常の生活も非常時も、専門家の確かな技術力と安心の施工で今後ともよろしくお願いします。

筆の泉コーナー

靴の選び方

名古屋市上下水道局 施設整備課 

                         技師 山田 英典

 

 1、はじめに

 「足の指が痛い」。これは、4年ほど前まで私が抱えていた悩みの一つです。どういうことかと言いますと、靴擦れによるものです。原因は、靴のサイズが若干大きく、足の指が靴底に擦れていたことでした。とはいえ、私も最初から靴のサイズが合っていないと認識していたわけではありません。購入時に履いて確認していましたが、選び方が間違っていたようです。皆様の中に、通勤や散歩など日常生活で歩かれる際にトラブルを抱えている方はおられないでしょうか。原因は、靴がご自身の足に合っていないことかもしれません。そこで、靴を新しく購入した際に、ある店舗の方からお聞きした自分の足に合った靴の選びかたについてお話しさせていただきます。

2、靴選びの前に

 そもそも、靴紐を結ばれるとき、履きやすいよう緩めに結ばれる方はおられないでしょうか。私もそのタイプでしたが、この結び方は、足と靴の動きにずれが生じ、歩く際に負担となります。靴紐は、かかとを合わせ、足の甲をしっかり固定し、足と靴が一体となるよう結ぶのが正しい履き方のようです。同様に、靴も足と一体となるサイズが歩きやすい靴となります。そこで、実際に靴を履いてサイズを確認し、と選んでいくことが一般的かと思いますが、私はここで考え違いをしていました。試し履きした結果、足の横側に圧迫感を感じないもの、つまりサイズが大きく、横幅が大きなものをと選んでしまっていたのです。そのため、歩行時に指が靴の中でずれて靴底と擦れた結果、靴擦れとなっていました。私のように靴紐を緩く結ぶ習慣がついている方は、このような圧迫感に慣れておらず、自然とサイズの大きいものを選びがちになるようです。

3、選び方

 では、どのように選んでいくかと言いますと、靴の中敷きと足を合わせるのが選びやすいそうです。履いて確認する方法は、内部が見えず感覚で判断することになりますが、中敷きと合わせる方法では、目でみて判断することができます。先端部分に若干の余裕があり、横幅が足にぴったりと一致するものがサイズの合った靴になります。さらに、靴の材質によっても選び方にコツがあります。天然皮革は、履いているうちになじんで伸びるため、若干小さいサイズのものを、合成皮革や化学繊維のものは伸びることがないため、ぴったりあうサイズのものを選ぶとよいそうです。

4、終わりに

 以上のことを踏まえ新しく購入した靴で実際に歩いてみると、これまでと段違いで歩きやすく、靴擦れに悩まされることもなくなり快適に通勤できています。道具は、適切なものを適切に使用しなければ、トラブルが発生する危険があります。日頃の仕事においても、様々な道具を適切に選び、使用するよう注意したいです。現在世の中では新型コロナの第3波の兆しがあり、不用意に外出しづらい状況ではありますが、ぜひご自身の足に合った靴を履いて、散歩などしてみてはいかかでしょうか。

談話室コーナー

工具よもやま話

南支部・有限会社 中島管工所  

 中島 誠照

 

 およそ30年この業界に携わってきた私。もっと言えば、子どもの頃から間近で仕事を見てきた中で道具や工具、そしてその移り変わりを体験してきました。元号でいえば、主に昭和の終盤から平成の時代。若い方、そして私より先輩の方々の会話を繋ぐ話題提供となればとおもい、体験してきた道具、工具の感想をつづります。

 

 まずは、今では全く見かけなくなったトレンチャーには驚きました。今でこそ、掘削といえば、バックホーなのでしょうが、多少の石をも砕きながら自走し、サラサラの埋戻土を発生させながらの働きっぶりは圧巻でした。ただ、覚えてないのですが、埋戻しは確か人力であったような記憶があり、その掘りっぷりとは対照的に苦労したのでしょうね。

 

 掘削繋がりでいえば、スコップ。剣スコ等も随分と変わった印象です。柄が木製であったのが、ほとんど金属製に変わり、重量も軽く、粘土質の土の剥離性に優れた穴あきスコップ、そして長さや幅もバラエティーに富んでいて、個人的には人力で掘っていて楽しくはないものの、楽になった印象です。ただし、軽いので気にはしませんが、石頭や大ハンマーとは違いつるはしの柄は未だに木製ですね。理由は、曲げに強いのですかね?わかりません。

 

 続いては、ねじ切機。これは色々と聞きます。メンテや改装現場であれば、今でも現役かもしれないオスター。ちなみに私は使ったことはなく、電動ねじ切機の手動ダイヘッドを体験したことがある程度です。オスターは技能試験等で使っているのを見たことありますので、オスターを使い配管していく現場を想像すると途方もない労力と時間が掛かるなと思うとともに、当時の技術力の高さに感心です。

 

 管種、継手の発達もめざましいものの、トーチランプも大いに変化してますよね?これも、私が使ったことのない道具がガソリントーチ。見たことはありますので、空気を圧縮しているイメージと、本体重そうといった記憶しかないです。思うに、鉛工に利用したのかな?とおもうのですが、鉛工も現場で実践したことはないですし、そもそもガストーチがありましたので、便利になったという感慨にひたることもないのですが、ガスと比べると着火一つとっても、使うにしても時間がかかり、火加減の調整も難しそうで使いこなす事自体が技術が必要そうに見えます。でも案外、今どきのキャンプに持っていくとお洒落なのかもですね。

 

 書き出すとキリがないものの、一番の進化は電動工具なのでしょう。それも、充電式。30年前の道具ってほとんど100Vのコード式だった記憶があります。ドライバー・振動ドリル・斫り・丸のこ・照明・掃除機・ディスクグラインダー等々。信じられないパワーと効率の良さに加えてコーヒーメーカーやラジオやテレビなんてのもあって、無かった時代を思い浮かべるだけで、もう絶対に後戻りできないですね。

 

 思い出しながら、書いていましたら、とりとめのない内容になってしまいましたが、総じて、時間や体力を極力けずり、作業効率を追求しながら進化してきたのを実感するとともに、この令和の時代も、今から30年も経てば、道具や材料、工法も更なる進化を遂げていくのだろうなと期待しております。あくまでも主観での道具の感想でしたが、まだまだ私の全く知らない、いにしえの道具もあるでしょうしどこかで皆様と新旧の道具談義をさらにしてみたいです。

消防コーナー

地震に備える57

名古屋市消防局OB 近藤 博

 

昭和19年(1944年)東南海地震(29)

 

 引き続き、「中央防災会議「災害教訓の継承に関する専門調査会」報告書1944

東南海地震・1945三河地震 平成19年3月」の報告書をもとに、静岡県の被害の実態をみていきたいと思います。

 

○ 静岡県の被害(その3)

  今回は、体験記等を交えながら中遠地方(現袋井市・磐田市を中心とした

地域)の被害の実態をみていきたいと思います。

3 中遠地方の被災状況

  静岡県の市町村で最も死者が多かったのは中遠地方の磐田郡袋井町(現袋

井市)の67人になります。

(出典 「昭和19年12月7日東南海地震の震害と震度分布」愛知県防災会

議 飯田汲事著 昭和52年3月 P45)

 

 報告書は、死者が最も多かった袋井町の被災状況について、体験記を含め

次のように記しています。

「市町村別で最多の犠牲者を出したとされる磐田郡袋井町での死者67人の

うち、約3分の2が小学生と保育園園児であった。中でも袋井町西国民学校

と、袋井町保育園の状況は痛ましい。

『袋井町震災誌』は、「西国民学校に於いては時あたかも授業中にて児童

の惨死せる者弐拾名、負傷者参拾名を出すに至る。袋井町保育園は、(中略)

創立僅に三年、園舎も新築後僅かに二ヶ年にして全潰し、幼児の大部分は四、

五歳なるを以って屋外にのがる、あたわず、死者二十一名の犠牲者を出し、

保母木野てる氏は二人の幼児を抱きたるまま職に、保母鈴木いつ子氏も負傷

するなど一瞬にして、袋井町は阿鼻叫喚の巷となる。

西校倒壊の為、愛児の安否を心配して、自家の全潰を忘れて駈けつくる父

兄、保育園にわが身の危険を省みず、泣き叫びつつ飛び来る母姉、・・・」

とその惨状を伝えている。

西国民学校では、倒壊した校舎に251名の児童が下敷きとなり、袋井町保育

園では3名の保母、80人の園児が園舎の下敷きになっている。救出には父母

兄姉のみならず、警防団や、袋井商業学校に駐屯していた陸軍や、袋井工業

学校生徒なども駆けつける。」

 

 報告書には、当時西国民学校4年の筒井千鶴子氏の記録が登載されていま

す。

 「第5時限の習字の時間、地震が揺れ始めるとみんなが一斉に先生のいる前

の方へ、かけだしていった。その時、先生は大きな声で、『外へ出てはいけ

ない』と、いって出入り口のところへ、立ちふさがりました、でも、異様な

出来事にみんなは、外に出ようとしました。何がなんだかわからないけれど

も、外に出なければ、どうしても外に出たいという気持ちになってしまった

のだろうと思います。

先生は、この状態を爆風だと思われていたようです。当時は、太平洋戦争

時代で、学校での訓練は、空襲の時の避難のことだけであり、地震について

は何も行われてはいませんでした。

私は、地震がどんなものかも全く知りませんでした。だから後ろの方にも

出入口があったのに、誰ひとりとしてそちらへは行きませんでした。早く前

の方へ行った人たちは、外へとび出しましたがほとんどの人は、校舎の下じ

きになってしまったのです。(中略)走っている体は校舎の揺れで思うように

なりません。よろよろとよろけながら、前の方の机にぶつかりころんでしま

いました。

その時です。『ゴゥー』という音と共にあたりが急にまっ暗になってしま

いました。」

 

  地震が起きた瞬間、「空襲か」と間違え、地震から逃れるタイミングを失

した例も報告されています。

  山梨町(現袋井市)周南国民学校では農家への勤労奉仕に出かける途中、

地震に遭遇しています。

「なれない手に鍬を持ち、ざる箕をもって学校を出た。辻本菓子店のとこ

ろまできた時、突如として一大音響とともに大地が動いた。指揮者の稲葉先

生は爆撃と直感したのか『伏せ!!』と大声で命令した。

子供は学校で常々訓練されているので、何のためらいもなく、道路に沿う

家かげの溝に伏せた。ところが敵機の爆撃ではなく、大地はぐらぐらと揺れ、

地震と気がついたが、立つことも歩くこともできなく、泣いて大地にしがみ

ついていた。その上に、もうもうたる土煙をあげ、大音響と共に、辻本の家

が倒れてきた。」(近藤好雄)

ここでは7名の児童の死者、5名の児童の負傷者をだしました。死者の中

の2名は学童疎開で来ていた東京原宿国民学校の児童でした。

 

  「毎日のように空襲のあった頃でしたので、最初のうちは『爆弾が近所に

落ちたのかな?』などと思っておりました。そのうちに先生が『伏せ』をす

るようにおっしゃったので、しばらく伏せをしておりましたが、先生は『伏

せはだめだから、運動場の方へ出なさい。』と指示されました。

私は夢中で、まん中まで来たところ、立っていられなくて、ころころと転

がってしまいました。(中略)後ろの2階の校舎では上級生が授業をしていま

したが、皆とび出して来て、倒れた校舎の下敷きとなり、高等2年の女子が

1人なくなりました。」(当時田原国民学校5年高橋うめ子氏)

 

 上の手記で、「毎日のように空襲のあった頃でしたので…」となっていま

すが、アメリカ軍の静岡県内最初の空襲は、名古屋と同じく12月13日の浜松

空襲ですので、この点は高橋うめ子氏の記憶違いかと思います。

(出典 総務省 一般戦災死没者の追悼(国内各都市の戦災の状況―浜松市にお

ける戦災の状況))

法律コーナー

敷金返還債務と相続

弁護士   松 永 辰 男

 

 XはAから建物を借り受け、Aに対して敷金3000万円を差し入れていたところ、Aは平成26年5月11に死亡し、Aの遺産は6人の相続人が相続しました。そこで建物の賃借人Xは3000万円の敷金返還請求債権は、預金債権などと同じく相続により相続分に応じて分割される債権であるから、各相続人の相続分に応じて分割されるものであり、そうすると相続人の一人である長女のYは750万円の敷金返還債務を相続したものであるから、同金額を支払うよう大阪地方裁判所へ訴えを起こしました。それに対し裁判所は、敷金返還債務は「賃貸借契約に付随従属するものであり、建物賃貸借契約において建物の所有権移転に伴い賃貸人の地位に承継があった場合、敷金に関する法律関係も、当然に新賃貸人に承継されるものと解されるところ、相続により建物所有権の移転が生じた場合について、これと別異に解すべき理由はない。」と判決し、 請求を認めませんでした。

 そこで敗訴した賃借人Xは大阪高等裁判所へ控訴しました。その理由として、賃貸物件を売買等により特定承継した場合に敷金返還債務が当然に承継されることと、相続による包括承継の場合とを同視することは相当ではない。相続による包括承継の場合は、金銭債務その他の可分債務を当然分割とすることで恣意的に無資力者に金銭債務全額が承継されるのを防止し、相続債権者を保護しているのであって、本件債務も金銭債務であることに変わりはない、旨主張しました。これに対し大阪高等裁判所は、「敷金は、賃貸人が賃貸借契約に基づき賃借人に対して取得する債権を担保するものであるから、敷金に関する法律関係は賃貸借契約と密接に関係し、賃貸借契約に随伴すべきものと解されることに加え、賃借人が旧賃貸人から敷金の返還を受けた上で新賃貸人に改めて敷金を差し入れる労と、旧賃貸人の無資力の危険から賃借人を保護すべき必要性とに鑑みれば、・・・」といった趣旨の理由で控訴を認めませんでした。敷金の特殊性から判断された判決でして参考になります。

木祖村コーナー

木祖村だより

編集後記

編集後記

◎ 年が明け令和3年となりました。年末年始の外出自粛要請が出されていたことから、初詣の人出はずいぶん減っていたようです。

 政府は年末年始には新規感染者数は減少すると言っていましたが、具体的な防止対策は夜間の外出自粛のみであったことから、年末は例年よりは少なかったものの大勢の方が買い物に出かけている様子でした。

 その結果、大晦日に東京で初めて1,000人を超える感染者が出るなど、年が明けても感染拡大が続いており、急遽1月8日に首都圏で2回目の非常事態宣言が出されたのに続き、愛知県を含む7府県でも13日に非常事態宣言が出される事態となりました。

 事務局では、これまでも感染防止対策に心がけてきておりますが、今回の宣言を受け前回宣言時と同様に時差出勤を導入することとしました。組合運営に支障がないよう努めていきますので、感染防止対策の一環としてご理解いただきたいと思います。

 年度末を控え、様々な行事が予定されている中、変異種が見つかったとの報道もあり、収束に向かうにはまだまだ時間がかかるのではないかと心配になりますが、一日も早い宣言解除を願っています。

◎ 公益財団法人「給水工事技術振興財団」が発行する季刊誌「きゅうすい工事」2021冬季(新年)号の、シリーズ「わが町の水道事業と管工事組合」に名古屋市が取り上げられ、名水協が掲載されています。このシリーズは昨年の夏号からシリーズ化されており、横浜市、東京都に次いで3番目となります。「水道事業」については上下水道局が担当され、「管工事組合」については名水協が担当しました。原稿作成は広報技能委員会を中心に行いました。名水協の歴史から主な事業内容の紹介、地域防災への取り組み、上下水道局との連携など多岐にわたり紹介することとしましたが、「きゅうすい工事」が全国版の季刊誌であることから、わかり易くするよう心掛けました。先日、出来上がってきた冊子をみましたが、5ページにわたり、写真等も活用して掲載されており、名水協の存在を全国にPR出来たと思います。広報技能委員会の皆さまはじめ、編集に携わった皆さまありがとうございました。

 名水協の記事が掲載されている「きゅうすい工事」は、組合事務局で閲覧できますので、組合にお越しの際は是非ご覧になってください。

(T.T)